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2015年1月22日木曜日

インドでVodafonのSIMカードを借りる

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2011年に台湾旅行をした時の携帯電話は、SIMフリーでないHTC Desire IIだった。
2014年2月にSIMフリーのNexus5を使い始めて、初めての海外旅行となる。
空港で簡単にSIMを借りれるだろうと思っていたら、インドでは審査が厳しくなり借りにくくなったという情報が多く、すぐに使えるようになるか不安だった。
結論から言えば、いくつか面倒な事はあったが、すぐに使えるようになった。

デリーのインディラ・ガンディー国際空港に着いたとき、18時を過ぎていてすでに外は暗くなっていた。
入国審査を済ませた後、まずはEPOSカードで5000ルピーをキャッシングして、そのままプリペイドSIMを借りに行く。
出口近くには、Airtelの窓口があった。窓口には、係員としてインド人が二人いるが、先客一人の対応に時間がかかっている。ようやく自分の番になるが、写真が必要だと言われ無碍に断られてしまった。係員がスマホで撮ってくれるので写真は必要ないという話もあったので、持っていなかった。

ちょっと離れたところに、Vodafonの窓口があった。Airtelと比べると少し場所が悪い。
窓口には、ラウル・ゴンザレス似のインド人男性がいた。
写真を持っていないことを伝えると、スマホで撮影してくれ、その写真で問題ないという。

プランは、30分ほどの通話と1GByteのデータ通信がついたものにした。877ルピー、1800円ほど。
5時間後には使えるようになるが、アクティベーションの必要があると、電話番号を書いたメモを渡される。5時間後経ったら、117番に電話して、携帯番号、名前、住所を口頭で伝えろとのことだった。もしわからなかったら電話してくれと、お兄さんの電話番号もメモに書いてくれる。
アクティベーション出来ないで困っている時に電話は出来ないだろうと思いながらも、その気持ちが嬉しい。

翌日、国内線でバラナシへ向かう前、午前10時くらいに117番に電話をすると、英語で受け答えが返ってきた。英語には自信がないので、Mobile Number、Name、Addressの単語を待ち受けて答える。
はっきりした手応えはないが無事終わったようなので電話を切った。
1時間ほどすると、アクティベーション出来たようで無事アンテナが立ち、使えるようになった。

注)写真はパハール・ガンジ付近にあった看板でここで契約したわけではありません。

2015年1月10日土曜日

バラナシからデリーへ夜行列車で向かう

DSC_3688.JPG デリーから、バラナシへは飛行機で移動した。約800キロ、飛行機では一時間弱で着く。
帰りは、夜行列車でデリーまで戻ることにしていた。同じ距離を16時間、一晩かけて戻る。
インドは鉄道の路線長では、世界4位。インドの旅といえば列車というイメージもあり、乗って見たかった。

夜行列車の情報を調べても、時間通りに来ない、荷物を盗まれるなどの情報しか入ってこない。
値段に応じて安全性が高まるとのことだったので、2番目に高いエアコン付きのAC 2Aの切符を購入した。それでも、二人で3209ルピー、日本円で6400円ほどで、移動と宿泊を兼ねているので安く感じる。

切符は日本にいるときに、cleartripのページから購入していた。インド国鉄のページからでも予約できるシステムはあるが、インドのクレジットカードでの支払いしか出来ないので、日本人には難しいようだ。cleartripのサイトを間に挟むことで日本のクレジットカードでも支払いが出来た。

アグラ行きに変更したかったが、同じ等級の空席がなかった。2番目に安い、エアコンがない3段寝台なら空いてると言われたが、妻と相談の上、安全性を優先しAC 2Aのままでデリーまで行くことに決めた。

バラナシ駅には、発車1時間ほど前に着いていた。掲示板を見ると13時45分発の予定が、14時30分発に変わっている。乗ろうとしている列車は、バラナシを始発駅としていて、始発駅は遅延が少ないという情報があったためこの列車を選んでいたのだが、それでも遅れてしまっていた。45分の遅れなら大した遅れじゃない。

DSC_3690.JPG 予定より待ち時間が多くなってしまったため、駅構内のお店でお昼にドーサとサモサを食べた。
店内に入り込んだ野良犬を、店員さんが外へ追い出しているようなお店だが、食べ物は美味しかった。

バラナシ駅には、エアコン付きの乗車券を持っていると入れる待合所があった。切符を見せると中に入れてくれ、ソファなどの椅子、トイレ、それといくつかの電源が壁際にあり、携帯を充電することが出来る。プラグの形状はB3だった。駅構内のトイレはお金を払わなければ利用できないため、待合室にトイレがあるのはとても助かった。
エアコン付き切符の待合室とは別に、SLEEPER用の待合室もあるが中には入らなかったので、どのような違いがあるのかはわからない。

DSC_3691.JPG 列車は、ほぼ定刻通りホームへやって来たが、発車は予定より30分ほど遅れた。 AC 2Aの座席は、上下2段の座席が向かい合った格好で4人のボックス席となっていて、ボックス席と通路を挟んでサイドベッドが上下に2段ある構成になっている。ボックス席と通路、サイドベッドと通路はカーテンで仕切ることは出来るが、ボックス内の仕切りはない。そのため、下段の二人は寝るまで向き合う格好となる。

席を割り当てられた時、妻と席が離れてしまったため、妻の席の上段の人に場所を交換してくれないかとお願いしたら快く変更してくれた。インド人のYesが首をかしげる動作なので、いやいやながら受け入れているようにどうしても見えてしまう。

周りの乗客はインドの人ばかりのようで、家族連れだったり、ご夫婦だったり、女性客も多く、身なりが小奇麗な人ばかりで、危険は感じなかった。車両の出入り口も、隣の車両へ移動することは出来ないようになっており、変な人が入ってこないのも安心だった。入ってくるのは、たぶん許可された、チャイ売りや、お菓子などを売りに来る人だけだった。
チャイ売りは「チャイー」と独特の呼びかけをして印象に残る。

DSC_3721.JPG 車両内にも、電源はある。こちらもB3のプラグだった。
だが、ボックス席1つにつき、電源が1つなので他の乗客との兼用となる。
また、電灯をつけていないと電気が通らないようで、消灯後は充電出来なかった。

食べ物も売りに来てくれるというので、パン屋さんでパンを買って持って入っただけだった。
夕方、「ディナー、ディナー」と声をかけている人がいたので1つお願いした。
たしか、夕方6時頃にお願いしたはずだったのだけど、ディナーが届いたのは夜9時くらいだった。
長い時間まったのに、冷めていたのが残念だった。100ルピー、200円。この他のチャパティもついていたけど、チャパティは美味しくなかった。

DSC_3706.JPG 寝具は、枕とタオル1枚、シーツ2枚、毛布1枚が用意された。シーツは紙袋にたたまれて入っている。それほど不潔感は感じなかった。
周りに警告しているのか、列車は警笛を鳴らしながら走ってうるさいのだが、とても良く寝れた。
目を覚ましたときには、デリーの手前のモラダバード駅まで来ていた。

デリーへは8時50分ほどに着いたので、当初の予定より2時間ほどの遅れで着いたことになる。

2012年12月8日土曜日

ワーキングホリデーで飯綱町にりんごの収穫に行ってきた。

長野県飯綱町で、ワーキングホリデーでりんごの収穫が出来るということだったので、
予約をしてりんごの収穫体験に行ってきた。


役場の方とは、アップルミュージアムに隣接した役場庁舎の駐車で待ち合わせ。そこから車でお世話になるりんご農家へと移動する。車で約10分くらいだろうか。民家が立ち並ぶ細い道を登って行くと、りんご農園にぶつかった。ちょうど収穫で忙しいとのことで、農園で挨拶をさせていただくことに。


ヘタを指で押さえてひねるようにりんごを穫るように教わる。脚立とカゴを使ってくださいね、とお願いされ収穫を始める。脚立は、軽量化のためか足の踏み場が片側にしかないもので、片側はつっかえ棒のように利用する。つっかえ棒を斜面の上に向けて使わないと倒れるので気をつけてとのこと。

りんごの木はそれほど、大きくはないんだけど、いざ脚立に登ってりんごを穫るとなるとすごく高い場所になっていることに気付かされる。教わったようにヘタを押さえて穫るのは難しくない。高いところになっていると脚立から落ちそうで、難度が上がる。りんごを落としてもいいが、人間が落ちないように無理をしないでね、と農家の方に言われる。怪我をしたら更に迷惑をかけてしまうので安全に気をつけて収穫を続けた。
ちょうど、3時頃に一服しようと休憩に誘われお茶をいただく。りんごとおやきとシフォンケーキまでいただく。向こうの山の天気が怪しいからそろそろ終わりにしましょうと言われ、休憩後帰途に着いた。

翌日、お土産にいただいたりんごをいただいた。穫れたてだからか、蜜がぎっしりでとても美味しい。種類はサンフジ。


2012年3月31日土曜日

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』を読んで

少し前に仕事の谷間で四連休になったときがあった。休みの前までは仕事が忙しかったのでなかなかまとまった休みが取れていなくて久しぶりにゆっくり休めるという予定だった。一日目、二日目は寒さのせいもあって家で本を読んだり、映画を見たりして過ごしていた。だが、三日目あたりからどこかに出かけたいなという気持ちが芽生えてくる。天気予報を見ると明日は雨みたいだけれど、かねてから行ってみたかった三崎口に行ってみることにしよう。

そんな気持ちで行った三崎口は、辛かった。バスで終点の城ヶ島で降りると、ほとんどの商店にはシャッターがおり、降りつける雨に外を歩く人は誰もいない。この結果はわかっていたはずなんだけど、天気の良い別の日に延ばす選択は出来なかった。たぶん、三崎口に行かず家でじっとしていたら、雨の辛さとは別の辛さ、退屈という辛さを味わっただろう。だからあの日はどちらもバッドエンドのはずだ。

『暇と退屈の倫理学』では、ハイデッガーによって分類された3つの退屈を確認していく。あの日、三崎口に行かなかったときに家で感じる退屈さが、第1形式の退屈に当たるだろう。時間はあるけど、やりたいことができなくて退屈している、暇で、退屈している状態だ。三崎口に行ったときには、まだ『暇と退屈の倫理学』を読んでいなかった。家にいたら、この第1形式の退屈に襲われると経験的に察知して、雨の中、気晴らしに三崎口に向かった。
もしも向かった先で退屈を感じていたら、それが第2形式の退屈になっただろう。雨で辛かったけれども、おかげで退屈する暇もなかった。いや、暇がなくて退屈しているというのが第2形式の退屈なので、暇がないのは退屈しない理由にならないか。大きな視点で見れば、三崎口に行くこと自体が暇つぶしなのだ。この第2形式の退屈は、暇と気晴らしがからみあっている。例としてあげられていたパーティーの退屈は似たような経験がある気がする。パーティーはとても賑やかで楽しかった、でも退屈していたという例だ。丁寧に準備された暇つぶしをしているのだけれど、退屈してしまう。

最後の3つめの退屈は「なんとなく退屈だ」の一言で定義される。これはもう、三崎口に行った行かないの問題ではない。

四連休の最初の一日目、二日目、三日目は家で本を読んだり、映画を見たりしていた。宇野常寛・濱野智史著『希望論』を読んで、ベン・アフレックの『ザ・タウン』と黒澤清の『ドッペルゲンガー』を見ている。まだまだ読む本も録り貯めている映画があるんだから、四日目の雨の中無理をして出かけたりせずに、家で映画を見ていたほうが良いのはわかる。でももう本にも映画にも退屈しているんだ。本を読むのに飽きて、どこかに出かけたくなってしまっている。
今の(映画や本を見たりする)環境に飽きてしまって、他の(どこかに出かける)環境に移りたくなる。それを「1つの環世界にはひたっていられない」と表現している。1つの環世界にひたっていられないから退屈するというわけだ。

3つの退屈の形式を定義したハイデッガーは、環世界を認めていないようだ。環世界は人間以外の動物が感覚する世界で、人間は自由だから環世界は関係ない、と。そのハイデッガーの第3形式の退屈への対処方法は、決断。その問題点も『暇と退屈の倫理学』で指摘している。
四連休の中で、同じことをずっと続けていると、どうしても飽きてしまうから他のことをする。飽きてしまうのだけども、映画を見ているとき、本を読んでいるとき、三崎口に行っているときのそれぞれでは退屈していない。なんだかこう書くとものすごく当たり前のことを言ってるように思えるけど、これで間違いない。興味のあることに、とりさらわれるのを、待ち構えている。

2011年11月5日土曜日

剣潭肉圓王

台湾にいく前に読んだ、石田ゆうすけさんの『台湾自転車気儘旅 世界一屋台メシのうまい国へ』で肉圓という食べ物が、台湾で人気だと知った。台湾で人気のものが何故日本で広まっていないのか食べに行った。本では、肉圓をローエンと読んでいるが、蒲田の台湾料理屋では、台湾語ではバーワンと読むと教わった。

MRT淡水線の剣潭駅にある、剣潭肉圓王に行ってきた。剣潭駅は台北の中心に近く、有名な士林夜市の最寄り駅でもあるが、剣潭肉圓王の辺りは『地球の歩き方』の詳細地図にも入っていない。都市部ではあるが、観光地化されていない場所にあるということで期待していた。

肉圓。2つ入って35元。豚肉の餡を皮で包んだものを蒸篭で蒸している。皮はプルプルしていて、そこにタレがかけられている。パクチーも乗せられてる。

四神湯。40元。豚のホルモンが入っている。台湾で食べたスープ全般に言えるが、とても上品で旨い。日本でもこういうスープが飲めるお店がたくさんあるといいんだけど。

貢丸湯。25元。魚のすり身で作った団子のようなものが入っている。歯ごたえがあっておいしい。

帰り際、なんでお店に来たのか店員の女の子に聞かれた。台湾の人が書いたブログを読んで来たと伝えて納得した様子。住宅街にあるお店で、観光客がフラっと来るお店ではないからかな。


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2011年10月29日土曜日

台北のSTEREO ROBOT BIGPOWが凄かった。

台湾で宿泊していた亜士都飯店からMRT中山駅へ行く途中、線路の上に作られた公園に、STEREO ROBOT BIGPOWがあった。ただのオブジェかなと思って近寄って見ると、ただのオブジェではなかった。

上記の説明のプレートがあったので、読んでみる。ロボットバンドで、センターのBIGPOWがリードシンガーと。なるほど、お持ちのMP3プレーヤーのステレオジャックに接続すると音楽を聴くことが出来るよ、と。htc, acer, asus が台湾製品だという事は知っていたけど、台湾がこんなにサイバーシティだとは! 台北當代藝術館も近くににあったけど、時間の兼ね合いで今回は行けなかったのが残念。


TWINPOW-L。頭の「W」の文字が消えてる。


BIGPOW。リードシンガー。

TWINPOW-R。「IT'S HERE」という吹き出しは後ろのお店のもの。

真ん中のBIGPOWの左肩にステレオジャックがある。これがBluetoothでも接続出来るようになったらすごい。

持ってたhtc Desire IIを指してみる。で、音を出してみる。おお、ちょうど円形のところで一番いい音が聞こえるようになってる。どうも、説明にある著作権侵害問題が気になる・・・。
日曜日に通って見ると人が集まってました。




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2011年9月3日土曜日

長野の小布施ワイナリーに行ってきた。

雨模様で外に出ることも億劫なので、ワイナリーがあるらしい小布施に少し遠出をしてみました。
国道403号を少し入ったところにあり、場所が少しわかりにくいですかね。駐車場は下の写真の火の見櫓のよこにありました。


駐車場から少し歩いていくと、目的の小布施ワイナリーさんがあります。名前はそのままですね。
入り口も派手に飾っていなくて、岩の原葡萄園とは趣が異なります。 団体観光バスを受付けていませんと書いてありました。


奥へ進むと手書きの看板が迎えてくれました。


その奥に蔵を改築したようなワインショップがあります。
複数のワインの試飲ができます。残念ながら車で行ったので私は飲めませんでした。ワイングラスやグッズなども豊富に置いてあってみるだけでも楽しめます。


新潟へ来て、夜ご飯は魚と決めていたので、白ワインにしました。
こちらの白ワインはラベル不良ということで少し値引きをして販売されていました。
日本のワインというと甘い印象が強かったのですが、こちらの白ワインは余計な甘さがなくすっきりしていてとても良かったです。


ワインショップの方に社長手書きのぶどう畑の地図をいただいたので、車で観に行きました。
ヨーロッパ式の垣根仕立てに整備され、とてもきれいな畑でした。


近くには、蕎麦屋さんのそば せきざわもあります。
他にも小布施栗などの名産もあり、町並みもきれいで観光にはちょうど良い街かと思います。


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2011年8月21日日曜日

桐生旅行記

埼玉にある実家に帰って、K夫妻と飲み明かした翌日、私と妻とK夫妻で群馬県桐生へ向かうこととなった。もともと桐生の友人を訪ねる予定であったので、テントなどのキャンプ道具は準備してあった。K夫妻の参加は急に決まったが、キャンプは人数が多い方が楽しい。K夫妻が着替えなどの準備をする間に、ガソリンを入れ慌ただしい出発となった。


急ぐ旅でもないので、下道で行くこととし、川越、熊谷、太田と過ぎ、大きな渋滞にも巻き込まれなかった。254号と407号の街道沿いには、大型店舗が続き、何度も見かけるトイザらスへ入りたい気持ちが募った。しかし、トイザらスに行っても何も買う物がないという自覚はあったので、トイザらスには入らず、「ビックカメラとトイザらスの中間の店が欲しい」などと話しながら車を走らせた。

キャンプ場は、山間にあるので桐生市内で食材を買っておかなければいけない。大きめのヤオコーに入って、夕飯の食材に肉を1kgほどと、野菜、ビールを購入した。朝食にはカップメンを各自一つずつ購入した。

桐生の友人は、キャンプ場近くの国民宿舎に泊まり込みで仕事をしている。元々、住んでいた家は桐生市内にあるが、通勤が億劫なため泊まらせてもらっているらしい。車で30分ほどだと思うので家に帰った方が楽だと思うのだが、夜の山道は危険なのかもしれない。

目的の草木湖へ向かう122号に入った。ダム湖である草木湖には、貯水率の表示があり、60%ほどと電光掲示板が示している。122号に沿うようにわたらせ渓谷線が走っていて、山道を登っているのに駅の標識がある。ダム湖の隣に国民宿舎もあり、鉄道まであると観光地として盛り上げたいというのが伺える。122号に入り、セブンイレブンのある福岡大橋を過ぎると景色がぐっと山らしくなった。122号沿いにある道の駅くろほね・やまびこへ寄る。黒保根村、横溝正史の小説の舞台になりそうな名前だが、現在は桐生市に合併され桐生市黒保根町になっている。肉が焼けるまでにつまむのにちょうど良さそうだったので、安く売っていたトマトを買った。

友人の仕事が終わる15時に近くなり、国民宿舎へ向かう。前日にどこで会うか電話で話したはずなのだが、酔っ払っていたため覚えていなかった。草木湖を渡る赤い草木橋を対岸へ渡る。草木橋は車両がすれちがえる程度の幅で、欄干が低いうえに、湖面までの高さがあるため、落ちてしまいそうな不安な気持ちになる。夜には出来れば通りたくない道だ。橋を渡り切ると道は一車線になり、曲がりくねった先に国民宿舎の看板が出てくる。ここの国民宿舎は携帯電話の電波が入らなかったので、受付の女性に友人のことを聞くと、すでに仕事を上がってしまったと教えてくれた。友人にはキャンプ場のことは前日に伝えておいたので、キャンプ場に行き、テントなどの設営をしながら連絡を待とうということになった。

キャンプ場は思っていたより盛況で、15時を過ぎてチェックインする私たちが最後のようだった。周りの他のテントからはすでに肉を焼く匂いがただよってくる。テントとタープを設営して、炭を起こそうとしていたところに友人がやってきた。風呂に入ってからきたということを聞いて、風呂に入りたくなった。キャンプ場で、国民宿舎の露天風呂の割引券を貰っていた。今来たばかりの友人に、ビールを渡して炭お越しをお願いすると、私たち四人は風呂に入るため国民宿舎に戻った。風呂代は300円と安かったが、風呂は露天風呂でひぐらしの鳴き声が気持よかった。友人は「赤城山を買ってきて」と、私にお願いをしたので、日本酒の赤城山を購入し国民宿舎をでた。


あまり期待していなかったが、友人は炭を起こして、野菜も切っていてくれた。明るいうちにある程度食べておかないと大変なので、準備をしながらの乾杯となった。K夫妻の実家で採れた茄子や、桐生産のオクラなどを食べながら、友人が桐生に来て気になる女の子の話などをしていると、日はすぐに暮れた。今、気になっている女の子はサーカスをやっているという。キャンプ用の折り畳みイスが人数分なかったため、友人は車から布を持ってきて、それを地面に敷いて座った。ついでに持ってきたギターを弾きながら、吉田拓郎を歌う姿がキャンプらしさを盛り上げた。

各自それぞれ眠り初め、私と友人の二人が最後に残った。友人はサーカスの宿舎を見に散歩にでも行こうと誘った。時間は0時を回っていた。ランタンを片手に122号に出たが車は1台も走っていなかった。道路を山奥へと進んで行くと古い校舎が見え、そこをサーカスが使っているとのことだった。校舎の窓にはサーカスの文字が大きく張り出されていた。私は友人に電話でもしてみたらと言ったが、電話番号を知らないという。仕方がないので校舎の周りをブラブラして帰った。

朝は私が一番に起きてしまった。やることもないので、そのままとなっていた空き缶などの片付けをする。ビールと発泡酒合わせて12本、ワイン2本、日本酒4号はすべて飲み干され、骨付き肉の骨には蟻が群がっていた。そうこうするうちに皆起きて来たので、順番にお湯を沸かしてカップメンを食べた。

テントとタープを解体して、乾かした。地面からの水分がテントの下を濡らしていた。乾かす間、キャンプ場の中を見回る。小さな小川が整備され、魚の放流などやっているようだ。小川からは、眼下を流れる渡良瀬川が見える。

観光らしいこともしたいので、近くの滝を見に行くことになった。私たちは友人の車の後を付いていった。車は誕生日に錦鯉センターのご主人にプレゼントとしていただいたそうで、ナンバーは友人の誕生日になっている。友人の車の後についていくと、運転が気になりだす。センターラインをまったく意識していないような走り方で、センターラインを超えたり、端によったりと安定していない。こっちの車での運転下手での盛り上がりは向こうには伝わらないだろう。122号を小中駅から脇道へ入る。道はすぐ細くなり、崖沿いに山を登っていく。道も悪く驚くほど落石が路上に落ちている。これが最近の地震によるものなのかわからないが、道の悪さと恐怖で秘境に来た感覚になる。しかし、滝の入り口に着くと車が何台かあり、家族連れが木陰でシートを引いて川遊びをしているたりする。少し秘境感が減りがっかりもするが、人がいるという安心もある。橋を渡り、山を登って小さなトンネルをくぐると「けさかけ橋」に出る。最大で傾斜が44%もある吊り橋で、赤い手すりが綺麗だ。吊り橋でありながら、傾斜がある橋というのは珍しいなと思う。吊り橋というだけでスリルがあるが、傾斜があることでさらにスリルが出る。けさかけ橋からは目的の小中大滝が見える。こなかおおたき、だ。


小中大滝から山を下り、桐生市街へ出た。友人の進めで、カレーうどんが旨いという「まるたや」を訪れるが定休日で入れず。ひもかわうどんで有名な「藤屋」」でひもかわうどんとソースカツ丼のセットをいただく。ひもかわうどんは名前の通り、うどんが細く切られてなく、紐状というか帯状になっている。クレジットカードなどの幅くらいだろうか。つゆとの絡みが少し物足りないが、見た目のキワモノ感よりは意外といける。驚いたのはソースカツ丼で、ソースがだし汁で割られていてくどくなく、とても旨い。ソースカツ丼を見直した。食事を終えて、帰途についた。

2011年5月15日日曜日

六郷橋から二子玉川へサイクリング

GWだけれども、とくに遠出の予定がなかったので多摩川沿いをサイクリングして旅の気分を味わおうと試みた。移動時間が長ければ遠出をした気分になる。5、6年前に一人で調布に行って以来は、多摩川を上がっていっていないし、妻も乗り気だった。


最寄りの六郷橋からサイクリング開始。ケータイのGPSでの記録もここから開始した。六郷橋を渡ると川崎に入る。
下の地図で赤く線が引かれたところが今回のサイクリングで通った経路。何故かデータが分割されてしまっていて尾山台までで分割されてしまっている。


より大きな地図で 六郷橋から二子玉川へ を表示

左手に川崎競馬練習場を眺めながら、少し自転車を走らせるとすぐに多摩川大橋が見えてくる。


1kmほど行くとキヤノン本社とガス橋が見えてくる。東京ガスがガスを送る専用の橋として作られたため、ガス橋という名前とのことだ。ガス橋はこのサイクリングで通った中で一番小さい橋だと思われる。車線・歩道ともに狭いく、長さも短い。


東海道新幹線と横須賀線が走る橋のあたりにカヌーがたくさん置いてある場所がある。カヌー教室なのか、どこかの学校の部活なのかわからないけど、一度はやってみたいな、カヌー。


右が東海道新幹線の橋、左が横須賀線の橋。橋の下は影ができてよく釣れるのか、涼しいのか釣り人で賑わっている。


丸子橋を撮り忘れましたね・・・。下は東急東横線が走る東横線多摩川鉄橋です。


この辺からランチのために川沿いを離れて、田園調布の街へ入っていったため、第三京浜の橋も撮っていない。多摩川沿いを離れると少し高台になっているため自転車では不便だけど、高台からの眺めはいい。だから高級住宅街として発展したのかなと想像する。

尾山台の鮨徳助でランチのばら寿司をいただいて、等々力渓谷で一休み。


最後に無事、二子玉川についての写真。
二子玉川の駅ビル、二子玉川ライズに入るために駐輪場に自転車を停めようとしたら、駐輪場の入り口がエレベータのみ。普段なじみのない街なので、二子玉川の印象などあまりなかったけれども、この駐輪場エレベータでかなり印象が固まった。


帰りは少し道を変えつつ帰り、往路16.25km、帰路14.56kmでした。

2011年1月30日日曜日

アテネの街はグラフィティがすごい

年をまたいでしまったが、もう少し旅行の記録を続ける。

トルコのアタテュルク空港からアテネのエレフテリオス・ヴェニゼロス国際空港へトルコ航空で移動した。当初、予定のなかったギリシャへの旅行だ。
もともとトルコへ行きたかった一番の理由は、アジアとヨーロッパの境目だからだ。文化が変わるのを肌で感じられればと思っていたが、振り返るとギリシャへの旅があったおかげでより強く感じられたのはないかと思う。


上は宿泊したホテルの最寄り駅、モナスティラキ駅すぐの商店街。朝食前の散歩に街を歩いていると、開店前のお店のシャッターはグラフティだらけだった。


この通りのお店のシャッターほとんどすべてに描かれているので、そういう文化なのかもしれない。
こんなグラフティとか落書きみたいなものはトルコにはほとんどなかった。クルバンバイラムでシャッターだらけの商店街を抜けたりもしたけど、みかけなかった。文化の大きな違いだと感じた。


上はハドリアヌスの図書館からアクロポリスへ向かう道にあったグラフティ。
このあと古代アゴラの遺跡も観たんだけど、そこでは遺跡に書かれた落書きを消している清掃員の姿が。

2011年1月4日火曜日

ガラタ橋で釣りがしたい

2011年最初のブログ更新なので、新年の目標めいたタイトルにしてみた。
想像もしていなかったんだけど、ガラタ橋はトルコ人の釣り人でごった返している。それが常態化しているのは、橋上に釣り道具屋までが出ていることを見れば明らかだ。

釣り糸を足らしている橋の下には、レストランが並ぶ。俺は橋の下のレストランを利用しなかったからわからないけど、食べてるすぐ横で魚が釣れるのは気にならないのか疑問だ。魚が暴れる勢いで水が飛び散りそうで不安だ、餌とかも飛び散りそうだ。


釣りに来る人は白い発泡スチロールやバケツに釣果を入れる。小アジからもう少し一回り大きな魚がけっこ釣れていて、それをん覗くだけでも楽しい。
朝も夜も人がいなくなることがあるのかってぐらいみんな釣りをしていた。そのせいか、路面はいつも海水で濡れていて魚くさい。これは路面電車で通過するだけではわからないので、一度は歩いてガラタ橋は渡ったほうがいい。

2010年12月23日木曜日

トルコは猫が多く、ギリシャは犬が多い

トルコとギリシャは隣り合う国だけど、まったく文化が違う。一度に二つの国を旅したのは初めてだけど、トルコとギリシャの違いはきっと大きいんじゃないだろうか。
トルコはアジアとヨーロッパの境界の国だからという理由で行ってみたかった。でも行ってみたら、トルコはアジアだった。トルコにいる間は、そこまで意識していなかったが、ギリシャに入って地下鉄に乗ったときに、ホームの広告を見てギリシャとトルコの違いを大きく感じた。

そしてさらに大きな違いが猫と犬だ。トルコには猫がとても多い。



こちらはトルコのアヤソフィア近くにいた猫たち。寒いのか、みんなで固まっている。



トルコのトプカプ宮殿近くにいた太った猫。



こちらはギリシャのアクロポリスの入り口付近で寝ている犬たち。ギリシャには大きな犬が路上にたくさんいる。NHKの「世界ふれあい街歩き」も取り上げられていたけど、アテネの一番の繁華街、シンタグマ広場にもいるし、泊まったホテルの最寄り駅、モナスティラキの広場にもたくさんいる。

僕が行ったのはどちらの国も、イスタンブールとアテネという大都市だけなので国全体には言えないのかもしれない。